「M87ブラックホール撮影への道のり ~メーカー側から~」

VLBIについて

ブラックホールはとても小さく、遠方にあるため、その姿を撮影するためには、ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡など、今までの望遠鏡に比べて数1000倍以上の視力(解像度)を持った望遠鏡が必要です。
望遠鏡の解像度はその精密さ(観測する電波の波長)と直径の大きさで解像度が決まりますが、直径の大きな望遠鏡をつくるにも限界がありますし、大きな望遠鏡は精密につくるのが難しくなります。
今回の撮影では、光の望遠鏡ではなく、星の出す電波を見る「電波望遠鏡」が使われました。
電波望遠鏡の直径は大きなものでは数100m程度のものもありますが、これでもブラックホールを見ることはできません。
そこで数1,000km以上も離れた場所にあるいくつかの精密な望遠鏡をつないで、あたかも数1,000kmの直径を持つ一つの巨大な望遠鏡として働かせて超高解像度を実現する方法がVLBI(超長基線電波干渉計)です。
今回、ブラックホール撮影に成功したイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)は世界各地域の8か所の望遠鏡をVLBI手法で接続して地球サイズの超大型望遠鏡を作り上げることで視力300万の超高解像度の望遠鏡を実現しました。

ブラックホール撮影への道のり

今回撮影に成功したM87の中心にブラックホールがあることは昔から間接的に分かっていましたが、その姿を直接みることはできませんでした。このブラックホールの姿を直接撮影し、その謎を解明するために、これまで過去10数年間に渡り、VLBIを使ったさまざまな望遠鏡により数多くの観測が行われてきて、特に国立天文台をはじめとする日本の研究者がこの分野をリードしてきました。
その道のりの中では以下のようなVLBI望遠鏡と、それらを使った観測が行われ、少しずつ解像度を高めながらブラックホールの中心に迫ってきました。

①宇宙望遠鏡「はるか」


望遠鏡同志の距離が遠ければ遠いほど解像度が良くなるというVLBIの特徴を極限まで追求するために、人工衛星に電波望遠鏡を搭載して地球の直径という限界を超えた大きさの望遠鏡を実現したものです。
日本の国立天文台とJAXAが協力して1997年に打ち上げられました。
はるかは地上の望遠鏡との組み合わせで、直径約30,000kmの大きさの望遠鏡を実現し、その高い解像度を活かしてM87の観測も行われました。

②日本列島望遠鏡「VERA」


VERAは日本の国立天文台が日本列島の4か所(岩手、鹿児島、小笠原、沖縄)に建設したVLBI望遠鏡で、2002年に完成しました。
大きさは約2,300kmと、はるかより小さいですが、7mmまでの短い波長での観測が可能な高精度な望遠鏡により、高い解像度での観測が可能で、この望遠鏡でもM87の観測が行われました。

③韓国のVLBI「KVN」


韓国の天文台(韓国天文宇宙科学研究院)により建設された韓国全土に渡る3局のVLBI望遠鏡です。
日本の国立天文台との協力のもとに2010年に完成しました。
KVN単独では大きさが500kmと小型ですが、VERAとKVNを組合わせてKaVA(KVN And VERA Array)として運用することで、VERA単独での運用に比べて高画質な観測が可能となります。
また、KVNには世界最大のVLBIデータ処理装置(相関器)があり、KaVAによるM87の観測も多く行われました。

④東アジアVLBI観測網(EAVN)


日本の「VERA」、韓国の「KVN」に中国の望遠鏡を加えることで更に大きく高性能な望遠鏡を実現したのが「東アジアVLBI観測網(EAVN)」です。
2013年より試験を開始し、2018年に運用開始しました。EAVNは20台の望遠鏡を使って5,500kmの大きさを実現し今後のブラックホール観測でもその活躍が期待されている高性能なVLBI望遠鏡です。
EAVNの観測データはKVNの相関器で処理されます。
EAVNによるM87の観測では、そこから出るジェットの様子などが詳しく観測されましたが、中心の穴(シャドウ)の撮影には至っていません。

⑤国内予備実験(230GHz VLBI実験)


ブラックホール撮影を実現する高解像度を得るため、EHTでは1.3mm(周波数230GHz)の短い波長での観測を行っています。
解像度を上げるためには望遠鏡の大きさに加えて、短い波長での観測が必要だからです。
しかし、VLBIの観測は波長が短いほど難易度が高くなり、これまで1.3mmという波長でのVLBI観測は例がありませんでした。
そこで、本番の観測に先立ち、2015年に国立天文台、情報通信研究機構(NICT)、各大学の研究者が協力して1.3mm(230GHz)でのVLBI実験を長野県の野辺山宇宙電波観測所で実施し成功しました。
この経験がEHTでのブラックホール撮影成功につながっています。

⑥イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)


そして、今回、ブラックホールの中心にある黒い穴(ブラックホールシャドウ)の撮影に成功したのが、イベント・ホライズン・テレスコープです。
これは、世界中にある8台の望遠鏡を組合わせた10,000kmにおよぶ地球サイズの望遠鏡です。
この大きさと、1.3mmの短い波長での精密な観測による高い解像度で、今まで人類が目にすることができなかったブラックホールを目に見える形で捉えることができました。
今後、EHTによる観測データの解析により我々の銀河の中心にある射手座ブラックホールの写真や、東アジア観測網を使った更なる観測によるブラックホールジェットの解明など、次々と画期的な成果が生み出されることが期待されます。

VLBIのシステムについて

VLBIは遠く離れた複数の電波望遠鏡を接続し、仮想的に巨大な望遠鏡を実現する技術です。
しかし、実際に望遠鏡を接続することはできないので、複数の望遠鏡で同時に同じ星を観測し、そこで記録された観測データを一か所の処理センターに持ち寄って「相関処理」という合成処理を行うことで望遠鏡として働かせています。

このため、VLBI望遠鏡を構成する各電波望遠鏡は、電波を受信するパラボラアンテナと受信機だけでなく、その電波をデジタルデータに変換するAD変換器や観測経過を確認するためのデータ処理装置、データを記録するためのデータ記録装置などの各種観測機器で構成されています。
また、最終的にデータを合成する処理センター(相関局)は、各地の電波望遠鏡から運ばれてきた観測データを同時に再生するデータ再生装置や、相関処理を行う相関器で構成されています(下図)。

エレックス工業では、1983年に日本で初めての実用型相関器を開発して以来、宇宙望遠鏡「はるか」のデータ解析装置、「VERA」望遠鏡の観測システム、「KVN」望遠鏡の観測システムなど、VLBI望遠鏡を支える各種装置を、国立天文台殿や宇宙航空開発研究機構殿(JAXA)、情報通信研究機構殿(NICT)、韓国天文宇宙科学研究院殿と協力して開発・提供しており、野辺山での230GHzVLBI実験においては観測機器と技術サポートの両面から協力をさせて頂いております。
また、今回のEHTによる観測では、高度5,000mにあるALMA望遠鏡をVLBI望遠鏡として参加させるために不可欠な装置として、ALMA望遠鏡の膨大な観測データを高度2,900mの山麓施設まで伝送するデータ伝送装置(波長多重光伝送装置)が日本の研究チームの担当で新たに開発されましたが、この装置も国立天文台と当社の協力で開発されました。

VLBIの応用分野

今回、電波望遠鏡によるVLBIという手法は天体観測のために用いられましたが、同じ装置を使って地球上の各地の距離を精密に測定する測量の分野にも用いられています。
これは、VLBIを使って、2台の望遠鏡の間の距離を三角法によって求める方法で、国土地理院殿によって測量の基準点を維持するためのVLBI観測が行われています。
この方法を使って、1984年から日米共同でハワイと茨城県鹿嶋の間の距離を数年間に渡ってVLIBでモニタする観測が行われました。
この結果、ハワイと日本の距離が毎年約6cmずつ短くなっていることが分かり、それまで仮説であった「大陸移動説」が実証されました。
この時使われたVLBIのデータ処理装置は、国内で初めての実用型の相関処理装置ですが、この装置も当社で開発したものが使われました。